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停電とコンピュータ

1997年9月22日18時頃、在外研究の残務整理に追われていたジョー ジア大学構内で停電があった。研究室で机に向かっていたとこ ろ、「ボンッ」というようなかすかな破裂音と共に、部屋の明 かりが消えたのだ。同室の同僚もコンピュータに向かっていた のだが、突然の停電にお手上げという状態だった。廊下の照明 も非常灯に切り替わっていて、非常事態を告げている。ところ が、私の机上のコンピュータだけは画面をらんらんと輝かせて、 部屋を照らしている。意外なことに私のコンピュータは停電の 被害に遭わなかったのだ。

じつは、私のコンピュータはノート型で、バッテリーを内蔵し ているので、停電にも動じないのは当然なのだが、こうして非 常事態に遭遇してみると、あらためてその恩恵を実感する。だっ て、デスクトップ型のマシンを「停電対応」にするためには、 大きな「無停電電源装置」を使わなければいけないし、これと て、本当の停電の際には一緒に落ちてしまって役に立たないこ ともあるからだ。ところが、ノート型の場合は、普段からAC アダプターを切り放して使えるようになっているため、停電が 「異常事態」ではないというわけだ。

「ようし、仕事を続けよう。」と、思ったのもつかの間、いざ 画面に向かうと、そのソフトがフリーズしていることがわかっ た。IBMマシンの場合、こういうときには「Ctrl+Alt+Del」で resetするのだが、その際画面には「このアプリケーションは システムに応答しなくなりました」と出る。今回も同様だった。 せっかく電源が維持されているのにソフトが飛んでしまうとは どういうことだ。もちろん、私にはその理由はすぐにわかった。 私が使っていたのはTelnetというアプリケーションで、これを 使って所沢のUNIXマシンを利用していたのだ。私のマシンも所 沢のマシンも共に無事だとしても、このビルディングのネット ワークを支えるルータやハブの電源が落ちてしまえば、いかな るアクセスも不能である。これは、電話を手にした2人が無事 でも、地震で電話網が普通になればお互いの消息を確かめられ ないのと似ている。

思えば、私の仕事はこのネットワークに依存している。だから、 いかに私が自分の利用しているマシンの保守を磐石にしていた としても、私の手の届かないところで事故があればお手上げな のだ。もちろん、インターネットではどこかがダウンしても様々 な迂回経路があり、インターネット上では情報遮断の心配はな い。しかし、ビルディング単位のネットワーク(LAN)について は、その遮断は全ての情報交換を不能にする。クライアント− サーバー形式のコンピュータ利用が常態となるとき、その保守 の責任はもはや個人の手には追えない。そして、停電の時には 「あぁ〜っ、、、」と溜息をついて静かに家に帰るしかないわ けだ。



Yoshio Nakamura
Mon Dec 27 10:02:29 JST 1999