図1をご覧いただきたい。この図は、私の研究分野での代表的
な2つの雑誌に刊行された論文数(一月あたりに換算)
の年次推移を示したものである。白丸実線はアメリカ生理学会
が1948年に創刊したJournal of Applied Physiology(JAP)であ
り、黒丸破線はアメリカスポーツ医学会が1969年に創刊した
Medicine and Science in Sports and Exerciseである。JAPは
創刊後10年経ったところでの刊行論文数は月20件強であったも
のが、その後20年で漸増したが、この10年間は月50件程度で頭
打ちとなっている。一方、MSSEの方は、創刊後10年ほどは顕著
な増加を示していないものの、その後は指数関数的に増大して
いるようにみえる。特に、1990年代に入ってからはそれまでの
隔月刊が月刊に変わったこともあり、急激に増加していた。
実は、この図を作ろうと思ったきっかけは、「最近、論文刊行
数が指数関数的に増大しているのではないか」、との印象を確
認しようとしたからであって、両誌の違いを明らかにしようと
思ったからではない。ただ、このように比べてみると、JAPの
頭打ちとMSSEの急増は、両学会の分野の成熟度の違いを反映し
ているといえるかもしれない。前者は100年以上も歴史のある
アメリカ生理学会が発刊するいくつかの学術誌のうちの「応用」
部門を独立させて創刊させたものであるのに対して、後者は設
立後十数年たった時点のアメリカスポーツ医学会がようやく発
刊させた唯一の学術誌だからである。JAPはすでに一つの雑誌
が取り扱うべき限界に達しているのに対して、MSSEの方はまだ
まだ創刊直後のJAP程で、この分野の研究が成熟するにつれて、
これからどんどんと論文数が増えていくのであろう。したがっ
て、「近年、論文数が急増している」という命題を証明するた
めには、飽和した学会誌も新規創刊雑誌も含めて全ての雑誌の
「総論文数」の推移を示す必要があるのだが、ここではとりあえず、「論文数は増え
つつある」とだけ言っておこう。
さて、この「論文数調査」をしていて興味深かったのは、年次 の経過につれて論文一件あたりのページ数が増えているという 結果(図2)を得たことである。といっても、各巻の総ページ 数を前記の論文数で割っただけの数値であり、学会案内や Leters to Editorなども含まれているので、実際の値はこれよ りもわずかに小さくなるのであろうが、もともとこの両誌は論 文以外のページが僅少なので、大勢に影響はない。JAPについ てみると、1960年には1件あたりのページ数が4ページ程度だっ たものが、1995年には8ページと倍増している。そして驚いた ことに、刊行論文総数ではJAPよりはるかに少なく、その研究 分野の成熟度の違いをうかがわせるMSSEにおいても、一つの論 文の分量についてはJAPとほぼ同等の年次推移をしているとい うことである。この20年間ではどちらも、1.3倍の増加となっ ている。この増加は、図書館で得られる実感と合致する。つま り、私が「論文数の増大」と感じたのは、図書館に並べられる 各誌の厚みと重さが増してきたことに起因するのであって、 JAPの場合にはこの10年間で論文数の増加がさほどでもないこ とは意外だったが、この平均ページ数の増大で合点が行ったと いうわけである。
ではいったい、この「平均ページ数の増加」は何を意味するの
であろうか。今回のジョージア大学図書館での個人的な調査で
は明確な証拠は得られていないが、最近の論文を読みながら
「論議が長くなってきた」と感じるのは私だけではないだろう。
ものはついでと、各巻の論文をそれぞれ20件ずつサンプル
して、そこで引用された文献数を
集計したところ、図3のようになり、明瞭な年次増加が観察さ
れた。JAPとMSSEでは大差なく、30年前には15件だった平均引
用数が1995年には30件と倍増している。つまり、それだけたく
さんの文献を引用しつつ様々な観点から論議を展開するために、
序論や考察が長くなって、結果的に1件の論文の分量(ページ
数)が増大するのであろう。
ますますたくさんの論文が新しいものも含めていろいろな雑誌 に掲載されて、それを十分に読みこなすことで、ますます豊富 な論議が展開されていく。これが、(私が関与する分野に限っ ての)いまの学問が目指すところの「発展」なのだろう。かく して、私たちは、ますます多くの雑誌のますます多くの論文に 目を通さなければならなくなり、しかもそれぞれは分量が多く なっていく。つまり、ますます多くの時間を論文読解に費やす か、あるいは、一瞥だけで論文内容を理解する技を身につける ことが、これからの学者に要求されると言うわけである。
でも、本当にそんなことができるのだろうか。