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片づけられたプロジェクト

ところで、その二時間の会話は全てが「データ変換」に費やさ れたわけではない。じつのところ、その話題はすぐに終わって、 別の話題に移っていた。それは、別の研究機関に所属する彼の 研究仲間から依頼された「論文作成」で、彼に送付されてきた 論文草稿を改良して共同著者として発表しようというものであっ た。内容が「不安特性と心拍変動」に関するものだったので、 彼がその統計モデルを検証して再解析を行い、私が心拍変動解 析の方法論にコメントするということで、一週間前に彼から協 力依頼があったのだ。その依頼があった翌日に、私は必要な指 標と処理を指摘して、その草稿の中の「解析法」の箇所を書き 直して返信したのだが、その週末に彼が行った統計解析の結果 が、今回の「おしゃべり」の第二の話題になったのだった。

四畳半ほどの彼の研究室は、いつも書類が床まで溢れている gifのだが、今 回は机上に堆積した書類の中から、先週末の「その解析結果」 を選り出して私に説明しようとしていた。しかし、いざ手元の 書類を説明しようとすると、何か主要なものが足りないようで、 また机を探すということを三度くらい繰り返しながら、結局は 見つからないままに説明しだしたのであった。その手元の書類 を置くための机も床ももはやないので、両手と膝とで複数のデー タを同時に説明しようとするのだが、ずいぶんと苦労していた ので、一部私が手に持ってあげた。なにしろ、そうこうしてい る10分程の間にも、別の資料を机から選り出すために手元の書 類を一度机上に置くと、次にはそれを見つけるのにまたまた苦 労するという程に、彼の机上は混乱しているのである。

結局のところは、そういう論議では埒が開かなくなって、また もや彼のSPSS環境に向かう。その秀逸な統計パッケージに二人 が向かってあれこれとデータ処理しているうちに、異常なデー タがあることに気づいた。「これはちょっとおかしいんじゃな いの?」と聞くと、「これが不安群に入るから仮説とは異なる 有意差が出てしまう」とのことだった。私は即座に、「もとも との心拍変動スペクトル解析のやり方が悪かったのではないか」 と直感したのだが、それを彼に言うと、「こちらには解析結果 だけしか送られてないからわからない」とのことだった。その 送付されたデータをよくよくみると、奇妙な欠損値gifがところどころにあり、余計に元の処理の 不適切さが推察された。

ちょうどその時、隣室のCureton教授が日課のランニングの誘 いに来たgif。「あと、数分」と答えたDishman教授は、 10分以上もSPSSと取り組んだあげくに、こう切り出した。「ど うやら我々はこの問題に時間をかけすぎたようだ。これで終わ りにしよう。」もちろん、私は同意した。しかし、ランニング から帰ってきた彼に話しかけたところ、意外にもそれは「この 件はおしまいにしよう」ということだったのだ。つまり、「も うこの件はこのままやっても実りがないから忘れよう」という ことだった。もちろん、私も同意した。翌日彼は先方にFaxを 送った。その長いコメントの結びの言葉は、

Do you want us to continue helping with a revision?

であった。

いったいこの変わり身の速さはどこからくるのだろう。たぶん、 溢れる書類をごみ箱に捨てるようにgif仕事を片づけていかない と追いつかないほど、たくさんの仕事をしているのだろう。そ して、費やす時間に見合う実りが得られるかどうかが仕事を取 捨する鍵となる。思えば私も「捨てる」仕事は多いし、はなか ら「やらない」仕事も多い。「何でもやります」なんていって いたら、止めどもなく仕事が押し寄せて収拾がつかなくなって しまうということは、もはや我々の常識である。

結局のところ、如何に秀逸な統計処理環境を用意したところで、 やればやるほど仕事が増えていき、机の上がいつでも混乱する ことは避けられないのだ。インターネットで結ばれたといって も、机上から紙がなくなることはなく、それどころかますます 堆積する。そして、書類を見失いようにするためには、何でも すばやく見切りをつけて片づけていかなければならないように なる。いまや、優秀な研究者には、悠長に論議を戦わせている 暇などない。



Yoshio Nakamura
Mon Dec 27 10:02:29 JST 1999