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編集長への手紙

ところで、ここでどうしても言っておかなければならないこと がある。それは、この連載の書き始めで編集部との間で交わし たやりとりである。当初私は、この連載を、「インターネット を利用した実験的な企画」にしようと考えていた。つまり、 「雑誌」という媒体と、「インターネット」という媒体との、 情報伝達における干渉の程度を知りたかったのだ。「干渉」を 両者の融合と捕らえれば「互換性」ということができるかもし れないし、両者の相反と捕らえれば「住み分け」ということが できるかもしれない。そこで、この連載の最初の5回分の原稿 を送付するにあたって、編集委員長宛に次のような手紙 (抜粋)を付けた。

  1. (略)
  2. (略)
  3. 今回の「連載」にあたっ ては、その元の著作(以下、「本書」)を私の開設している wwwのディレクトリ上で先に公開することをご了解頂だきたく 思います。すなわち、そこに記されているように、今回の「体 育の科学」誌上への掲載は、「未発表記事の掲載」なのではな くて、「wwwファイルからの転載」という形にしていただきた いということです。これは、今回の連載テーマを完結する上で の「実験」の意味あいを含んでおり、この形態での発表につい てのechoがあった場合には、それを取り上げる形で連載を進行 させていただきたいと考えているからです。そして、この文書 自体ならびに編集部からの返信についても、特にご異論がなけ れば「関連資料」としてホームページ上で公開させていただく こととさせていただきます。(したがって、返信は電話ではな くできるだけ文書でお願いします。)また、今回送付の第一章 につきましては、誌上掲載の有無にかかわらず、ホームページ 上の文書はそのまま掲載を続けます。

  4. 「本書」を含む上記のwww上の全ての公開物は、私が文書 を更新した時点で適宜更新されますし、私の判断で予告無くそ の一部あるいは全部が変更あるいは削除されることがあります。

  5. 今回の誌上転載も、体育の科学の規定に従えば「原稿料」 の支払い対象に相当する可能性があるのではないかと思われま す。そして、一般的に「原稿料」というのは、出版社の制作物 (その版権は出版社にある)の上に、著者が著作権を持つ著作 物を「使用する」ための使用料に相当するものと、私(中村) は理解しています。この理解が正しければ、今回の「転載」に ついても原稿料が規定通り支払われることになるかもしれませ ん。しかしながら、以下の事例を想定した上で、

    1. 一般的に出版社としてはそのような事態を許容する のかどうか。
    2. そもそも「原稿料」とは何の代価であって、著者や 著作物に対してどのような制約を与える性質のものであるの か。
    3. また、原稿料授受の有無に限らず、一般的に、誌上 に掲載された著作物が他に転用されるに際して、著者にはど のような倫理的責任が課せられるのか。

    について、ご回答をいただきたく存じます。これは、今後の研 究者の情報発信形態を考える上での資料とさせていただくと共 に、可能であればその集約を、「本書」に掲載したいと思って います。

    事例I)
    www上に公開された「本書」の一部または全部を、 その読者がダウンロードして自分のプリンタで印刷し、それ をコピーして配布する。(私はこれを自由に認めたいと考え ています)
    事例II)
    www上の「本書」を読んだ第三者が、別の誌上 あるいは単行本の形で、「体育の科学」誌上に掲載したのと 同じ内容(あるいは一部あるいはそれ以上)を転載利用する。 (「本書」についてはそのような依頼があるとは思えません が、今後の出版形態を考える上では避けて通れ ない問題だと 考えました)

  6. (以下、略)

さて、このようないわば挑戦的な手紙に対して、この体育の科 学編集部は極めて親切かつ丁寧に対応下さった。まず、編集委 員会の議題として取り上げて議論をしていただいた上で、(私 の依頼に応えてわざわざ)編集責任者名での返信文書をしたた め、編集担当者から直接手渡していただくとともに、対談の機 会を与えて下さったのだgif

さて、そこで手渡された文書ならびに編集担当者との対談の中 で示された「回答」を、(私の質問項目とは無関係に)要約する と次のようになる。

  1. 「wwwファイルからの転載」という掲載形式は認めない。 ただし、誌上での掲載後にwwwで公開することは妨げない。

  2. 自分の著作を他社から出版される単行本に全部を転用す る場合は、その旨既出の出版社に断りさえすれば良いことになっ ている。

  3. しかし、原稿料は読者がどれだけ購入するかに基づいて 定められているので、出版後も儲けが続いている間は、出版社 は著者に対して類似の著作物を公表しないように自粛を促すだ ろう。

  4. コンピュータによって管理されるファイルは、誰もが自 由に触れ、入手できるという点で、新しい問題を生じさせてい る。ただ、以下の点で、www上の「本書」と、印刷物としての 「本書」とに根本的な違いがある。

    1. www上の「本書」は印刷物としての「本書」に比べて、 比較的短時間に内容を変えたり、抹殺される可能性がある。

    2. (誌上の著作物は)発行人ないし編集者によっ てオーソライズされており、「www上の著作が転載」された場 合、読者はその内容が雑誌の水準によって内容が保証されてい ると受け取る傾向にある。

結局のところ、私の「要望」は却下されたわけであるが、私と してはこのような手紙を出すことで問題提起をするのが本意だっ たわけであるし、それによって出版社(編集委員会)としても 同種の問題への対処の前例ができたという事で、私の「要望」 は無意味なものではなかったと思っている。だからこそ、「イ ンターネット時代の科学」を考える際の題材としてここに公表 したわけである。



Yoshio Nakamura
Mon Dec 27 10:02:29 JST 1999