ところで、ここでどうしても言っておかなければならないこと がある。それは、この連載の書き始めで編集部との間で交わし たやりとりである。当初私は、この連載を、「インターネット を利用した実験的な企画」にしようと考えていた。つまり、 「雑誌」という媒体と、「インターネット」という媒体との、 情報伝達における干渉の程度を知りたかったのだ。「干渉」を 両者の融合と捕らえれば「互換性」ということができるかもし れないし、両者の相反と捕らえれば「住み分け」ということが できるかもしれない。そこで、この連載の最初の5回分の原稿 を送付するにあたって、編集委員長宛に次のような手紙 (抜粋)を付けた。
- (略)
- (略)
- 今回の「連載」にあたっ ては、その元の著作(以下、「本書」)を私の開設している wwwのディレクトリ上で先に公開することをご了解頂だきたく 思います。すなわち、そこに記されているように、今回の「体 育の科学」誌上への掲載は、「未発表記事の掲載」なのではな くて、「wwwファイルからの転載」という形にしていただきた いということです。これは、今回の連載テーマを完結する上で の「実験」の意味あいを含んでおり、この形態での発表につい てのechoがあった場合には、それを取り上げる形で連載を進行 させていただきたいと考えているからです。そして、この文書 自体ならびに編集部からの返信についても、特にご異論がなけ れば「関連資料」としてホームページ上で公開させていただく こととさせていただきます。(したがって、返信は電話ではな くできるだけ文書でお願いします。)また、今回送付の第一章 につきましては、誌上掲載の有無にかかわらず、ホームページ 上の文書はそのまま掲載を続けます。
- 「本書」を含む上記のwww上の全ての公開物は、私が文書 を更新した時点で適宜更新されますし、私の判断で予告無くそ の一部あるいは全部が変更あるいは削除されることがあります。
- 今回の誌上転載も、体育の科学の規定に従えば「原稿料」 の支払い対象に相当する可能性があるのではないかと思われま す。そして、一般的に「原稿料」というのは、出版社の制作物 (その版権は出版社にある)の上に、著者が著作権を持つ著作 物を「使用する」ための使用料に相当するものと、私(中村) は理解しています。この理解が正しければ、今回の「転載」に ついても原稿料が規定通り支払われることになるかもしれませ ん。しかしながら、以下の事例を想定した上で、
- 一般的に出版社としてはそのような事態を許容する のかどうか。
- そもそも「原稿料」とは何の代価であって、著者や 著作物に対してどのような制約を与える性質のものであるの か。
- また、原稿料授受の有無に限らず、一般的に、誌上 に掲載された著作物が他に転用されるに際して、著者にはど のような倫理的責任が課せられるのか。
について、ご回答をいただきたく存じます。これは、今後の研 究者の情報発信形態を考える上での資料とさせていただくと共 に、可能であればその集約を、「本書」に掲載したいと思って います。
- 事例I)
- www上に公開された「本書」の一部または全部を、 その読者がダウンロードして自分のプリンタで印刷し、それ をコピーして配布する。(私はこれを自由に認めたいと考え ています)
- 事例II)
- www上の「本書」を読んだ第三者が、別の誌上 あるいは単行本の形で、「体育の科学」誌上に掲載したのと 同じ内容(あるいは一部あるいはそれ以上)を転載利用する。 (「本書」についてはそのような依頼があるとは思えません が、今後の出版形態を考える上では避けて通れ ない問題だと 考えました)
- (以下、略)
さて、このようないわば挑戦的な手紙に対して、この体育の科
学編集部は極めて親切かつ丁寧に対応下さった。まず、編集委
員会の議題として取り上げて議論をしていただいた上で、(私
の依頼に応えてわざわざ)編集責任者名での返信文書をしたた
め、編集担当者から直接手渡していただくとともに、対談の機
会を与えて下さったのだ。
さて、そこで手渡された文書ならびに編集担当者との対談の中 で示された「回答」を、(私の質問項目とは無関係に)要約する と次のようになる。
- 「wwwファイルからの転載」という掲載形式は認めない。 ただし、誌上での掲載後にwwwで公開することは妨げない。
- 自分の著作を他社から出版される単行本に全部を転用す る場合は、その旨既出の出版社に断りさえすれば良いことになっ ている。
- しかし、原稿料は読者がどれだけ購入するかに基づいて 定められているので、出版後も儲けが続いている間は、出版社 は著者に対して類似の著作物を公表しないように自粛を促すだ ろう。
- コンピュータによって管理されるファイルは、誰もが自 由に触れ、入手できるという点で、新しい問題を生じさせてい る。ただ、以下の点で、www上の「本書」と、印刷物としての 「本書」とに根本的な違いがある。
- www上の「本書」は印刷物としての「本書」に比べて、 比較的短時間に内容を変えたり、抹殺される可能性がある。
- (誌上の著作物は)発行人ないし編集者によっ てオーソライズされており、「www上の著作が転載」された場 合、読者はその内容が雑誌の水準によって内容が保証されてい ると受け取る傾向にある。
結局のところ、私の「要望」は却下されたわけであるが、私と してはこのような手紙を出すことで問題提起をするのが本意だっ たわけであるし、それによって出版社(編集委員会)としても 同種の問題への対処の前例ができたという事で、私の「要望」 は無意味なものではなかったと思っている。だからこそ、「イ ンターネット時代の科学」を考える際の題材としてここに公表 したわけである。