テレビには人を座らせる力がある。つまり、テレビを見る
ときに「座って見たい」と思う人は多いが、「立って見たい」
と思う人はそうそうはいないということだ。この現象に基づい
て、現代の運動科学は「テレビを見ているときのRMR
は0.2 だ」などと記述するわけであるが、このよう
な記述は間違いではないにしても問題の本質を隠蔽する可能性
を持つ。これを、<神経系>の言葉で記せば、「テレビは座っ
ている状態を快くさせるように神経系を適応させ、お尻を重く
する」ということになる。つまり、現代の我々にとって日々の
身体活動が大切であるという主張を受け入れたとしても、テレ
ビに適応した人にとっての問題は「エネルギー消費量が少ない」
ということなのではなくて、「運動しようという意欲が少なく
なる」ということが問題なのだ。そのような状況で、「空いて
いる時間に運動しましょう」と唱えても、それはじつのところ
「テレビ」というメディアと「健康運動」というメディアの相
剋なのであって、やはり「健康運動」には分が悪いのである。
もちろん、テレビへの適応はこればかりではない。最も 重要なのは、「文字」という規格化された情報源からイメージ を創生することからの解放であり、視覚と聴覚を同時に動員し て世界を見るイメージ能力の亢進である。このような「適応」 が人々あるいは人類にとって好ましいものであるかどうかは私 には論じることができないが、少なくとも「運動不足病」とい う理論が提示したような<健康>というイデオロギーだけで解 を得ようとするのは困難だろうと思われる。