もちろん、少数例から全体を推測しようというのは危険だが、 「インターネット著作物」に対する学術誌の対応をみると、多 くの場合、www上での公開を「公表」の一形態ととらえた上で、 そこでの既発表の記事については自誌への掲載を認めないとい う態度を取っているようである。
例えば、アメリカで発行されている医学誌である New England
journal of Medicine (NEJM) 誌では、Editorial
の中で、wwwでの公開を「出
版(publishing)」と位置づけた上で、「他のいかなる場所であ
れその一部でも報道された(reported)論文は刊行対象としない」
と宣言している。ここで問題とされているのは、「不特定多数
がアクセス可能な形でホストコンピュータ上に存在する論文」
であり、「図表」もそれに含まれる。ただし、電子メールの形
式で限られた研究者たちに回覧することは、従来認められてき
た「faxを利用した回覧」と同等の行為として許されている。
また、ここでは、単にそのような「事前公表された報告」を受
理しないという(編集権に基づく)意見表明だけでなく、1)イ
ンターネット上の投稿は、著者などの手で随時に書き換え可能
であり、未熟な情報が掲載されることが多くなる、2)医学雑誌
は信頼できる情報を研究者に提供することを使命とするもので
あり、そのためには十分な査読手続きが欠かせない、3)現状で
は、インターネット上の情報は、公平無私の学問というよりは
医学的流言を助長する可能性が高い、4)物理学のようにインター
ネットによる情報交流で成果を収めている学問と異なり、医学
においては不完全な情報が一般大衆に流布されることは戒めら
れるべきである、などの論拠で、医学雑誌で権威づけられる前
の情報がインターネットに公開されること自体に反対の意見表
明を行っている。
体育関係の雑誌では、Medicine and Science in Sports and
Exercise (MSSE) 誌が、Pittsburgh 大学の M. A. Pereiraらの Letter to the
editor-in-chief
への回答として、Editor-in-Chief の P. B.
Raven が「Internet上で公開された論文は受理対象としない。」
と表明している。その理由としては、1)インターネット上の著
作は盗用されたり改変される可能性がある、2)いかなる形であ
れ公衆の閲覧に供された論文は刊行価値が低い、3)インターネッ
ト上では著作権の保護が難しく、仲間内の論議のためにそれを
利用したのだとしても、学会への著作権委譲ができなくなる恐
れがある、という問題点を挙げている。
NEJMでインターネットへの医学情報の流布を戒める箇所は、医 学における権威主義の現れであろうし、P. B. Raven (MSSE)の 回答にも論理の不整合や(たぶん)誤解に基づく記述もあるの だが、結局のところ両者とも「既発表の論文は受理しない」と いう強い意見表明が主要な論旨であると言えるだろう。科学研 究においてはオリジナリティは何よりも重要であり、その媒介 である学術誌が既発表の論文を受け付けないのは当然のことだ。 しかし、一方で、学会大会の場で口演あるいはポスター形式に よって発表された論文については、「既発表」とは認定しない のが通例である。おそらく、「学会大会」という人的交流の場は、 「雑誌」という出版メディアとは異なるものとして認識されて いるのであろう。逆に言えば、「インターネットでの発表」を 「既発表」と認定するという両誌の姿勢は、「インターネット」 と「雑誌」という二つのメディアが同等あるいは対立するもの であるという主張を含意しているわけだ。つまり、既存の学術 雑誌にとって、「インターネット」は競合相手なのである。